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コリア閑話「あるがまま」の北朝鮮と——ペリー米元長官の提言 」:波佐場清

 波佐場清さんのブログ「コリア閑話」2月20日水曜日に掲載された「「あるがまま」の北朝鮮と——ペリー米元長官の提言 」を転載します。

朝鮮半島の緊張は高まるばかりである。どうしたらいいのか。米国のウィリアム・ペリー元国防長官の提言は傾聴に値する。2月上旬、ソウルの国際シンポジウムに参加した折、聯合ニュースとのインタビューで答えた内容である。

米政界にあってキッシンジャー、シュルツ氏らとともに2007年、「核兵器のない世界」を訴えて注目された「4長老」の1人として重きをなす。前回このブログで触れた1994年の朝鮮半島第1次核危機に際し、クリントン政権の国防長官としていったん北朝鮮空爆を決意したその人であり、98~99年米政府の北朝鮮政策調整官として平壌も訪れ、核・ミサイル問題解決に尽力した「ペリー・プロセス」の推進者でもある。


インタビューが行われたのは2月5日。北朝鮮の3回目の核実験の1週間前ではあったが、すでに核実験は確実視されていた。インタビューには次のようなやりとりが含まれていた。


——1994年に北朝鮮の寧辺の核施設を爆撃する計画を立てた。軍事行動の必要性についてどう評価するか。


▽94年当時はすべての核施設が1カ所に集まっていて1回の打撃で核施設を破壊することができた。しかし当時も軍事オプションは最後の手段で、外交交渉と制裁が優先されていた。
いまは状況が違う。核施設は北朝鮮全域に散らばっている。さらに、核兵器を動かすこともできる。軍事攻撃で核能力を除去できない。たとえ核施設を探し出したとしても相手はいくらでも移動させることができる。


——北朝鮮が3回目の実験に成功すれば、大陸間弾道弾(ICBM)で米本土攻撃が可能になると見ることができる。米国にとって大きな脅威では?


▽北朝鮮が10個のICBMを持ったからといって数千個のICBMを持つ米国に脅威を与えられるだろうか。私は北朝鮮の政権がそこまで自暴自棄とは思わない。北朝鮮の核兵器プロセスが米国にとって深刻な脅威になるとは見ていない。


——北朝鮮に対する関与政策は核問題の解決に効果的とみるか。


▽クリントン政権当時の1994年と2000年、北朝鮮との間で包括的な対話を進めたが、ブッシュ政権になって対話が途絶えてしまった。いわゆる「ペリー・プロセス」が幕を下ろしたのだ。もういちど新しいプロセスを始められるかは疑問だ。対話は可能だが、13年前に比べるとずっと難しくなった。当時のわれわれの任務は北朝鮮が核兵器をつくれないようにすることだったが、もう核兵器をつくってしまっている。いまは北朝鮮が核兵器プログラムを撤回するようにもっていくのが任務になる。
ただ、13年前の「ペリー・プロセス」の原則はいまも適用可能と思う。米国、韓国、日本の3国が一体となって北朝鮮に向き合う「3者プロセス」が必要だ。また、北朝鮮を「あるがままに」理解する努力が必要だ。


——機会があればまた北朝鮮を訪問したい?


▽もちろんだ。米朝は私自身あるいは第三者を通して真摯な対話をすべきだと思う。いまは非公式な対話より両国高官間で公式な対話が必要な時だ。対話は北朝鮮の好戦的な声明が発表された後や、国連制裁が加えられた後でもできる。(2月6日聯合ニュース、夏史邦訳)


要するに、対話以外に道はないと言っているのである。


ここで私がとくに注目したいのは「北朝鮮を『あるがままに』理解する努力が必要」と言っている点だ。


これは、ペリー氏が99年秋に米政府に勧告した「ペリー報告」の中で、米国の対北朝鮮政策において「その枠内で策定されなければならない御しがたい事実」の一つとして真っ先に挙げた、次のような指摘と相通じるものがあるからだ。


▽米国の政策は、われわれがそうなってほしいと期待する北朝鮮政府ではなく、あくまで現状の北朝鮮政府に対処するものでなければならない。


これを私なりに解釈すれば、こうあってほしいと願う北朝鮮————たとえば、核・ミサイルを放棄し、拉致問題を解決し、改革開放に踏み切った、そんな北朝鮮と向き合おうというのではなく、いま目の前にある現実の北朝鮮を「ありのままに」認めてそれに対処しなければならないということである。


これは突飛なことでもなんでもない。現代国際関係論の基礎をなす17世紀半ばのウェストファーリア体制のことを持ち出すまでもなく、国家間における主権の尊重、内政不干渉は極めて常識的な考えである。北朝鮮の望ましい姿への変化を願うとしても、それは二次的な問題として考えるべきなのである。


ペリー氏はいまも国際関係における、そんな原則的な考え方を維持しているというわけである。


「ペリー・プロセス」は当時、韓国の金大中政権の「太陽政策」と共鳴し、朝鮮半島の緊張緩和が一気に進んだ。2000年6月の金大中大統領と金正日総書記の南北首脳会談もそんな流れの中で実現したのだった。


さらに、同年10月には米朝共同コミュニケが発表され、オルブライト米国務長官が訪朝。クリントン大統領の訪朝も日程に上ったが、大統領の任期切れで実現せず、ペリー氏が聯合ニュースとのインタビューで語った通り、続くブッシュ政権の登場でペリー・プロセスの幕は下ろされたのだった。


ペリー・プロセスは核・ミサイル問題のほかに国交正常化なども含む包括的な平和への道を提示していた。それは韓国の金大中政権で統一相や国家情報院長を歴任し、金大中大統領の右腕となって太陽政策を推進した林東源氏が描いた朝鮮半島の冷戦構造解体の構想と一体化していた。ペリー氏自身、「ペリー・プロセスはその実、林東源プロセスだ」とも言っていたのである。


林東源氏が描いた平和の構想は2008年に出版された氏の回顧録に詳しい。岩波書店から日本語版『南北首脳会談への道』(波佐場清訳)が出ている。http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-024163-2
[ 2013/02/24 16:55 ] 波佐場 清 | TB(-) | CM(-)


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