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2島+αで北方領土の打開を:フリージャーナリスト 井上脩身

ロシアのプーチン大統領がサンクトペテルブルク市の副市長だった1994年、日本総領事館の招きで日本を初めて訪問した。成田空港に降り立ったプーチン氏。真っ先に向かったのは講堂館だった。学生時代から柔道に励んだプーチン氏は、嘉納治五郎を尊敬していたのだ。「柔道は日本の心」というプーチン氏の大統領再登板は、北方領土の新たな展開のチャンスである。だが、指導者の体罰問題で浮かんだ柔道界の閉鎖的体質は、政界や官僚社会にも見られる。「四島一括返還」に硬直的に固執する限り、領土交渉の打開は図れまい。


 プーチン氏が講堂館を訪ねたころは、日本では政界からもマスコミ界からも、いや外務官僚からさえ注目されていなかった。ところが5年後の1999年、突如、エリツィン大統領によって後継者に指名され、大統領代行に。00年、大統領に選ばれた後に来日したプーチン氏は講堂館で「我が家に帰ったような安らぎを覚える」と柔道家の顔を見せたが、北方領土問題が日本との最大の外交課題であることはいうまでもない。
北方領土について、1956年の日ソ共同宣言で「平和条約締結後、歯舞・色丹を引き渡す」とされたが、日本は「国後・択捉も日本の固有の領土」として「四島一括返還」を基本に置いた。01年、森喜朗首相はプーチン大統領に「歯舞・色丹と国後・択捉を並行して交渉しよう」と提案。2島返還に加えて残る2島についても含みをもたせる日本側の態度に、プーチン大統領は歩み寄る姿勢を見せた。だが、決着を前に、当の日本側が「四島一括返還」に逆戻りした。
昨年3月、プーチン氏は大統領選に臨んで、外国記者団に「領土問題については『引き分け』の原則に基づいて解決しよう」と語った(東郷和彦・京都産業大教授『進まない北方四島返還交渉』2月11日付毎日新聞)。2島だけならロシアの勝ち、4島なら日本の勝ち。その中をとって2島プラスαということだ。「いまならこの形の合意は可能」と東郷教授は期待を寄せる(『前掲の寄稿記事』)。
プーチン氏同様、再登板となった安倍晋三首相は「引き分け提案」にどう応えるか。北方領土に接する根室や羅臼の漁民たちが、狭い漁場で辛くも操業している実態を安倍首相が知るならば、0島である現状を何とかして前に進めようとするはずだ。
日本柔道界のオリンピックでのメダル至上主義が、選手への体罰の背景にある、といわれる。外務官僚の「四島至上主義」もなかなかのものだ。安倍首相が仮に2島プラスαに傾いたとして、政治主導で官僚を抑えることができるかどうか。その極意は「柔よく剛を制す」なのかもしれない。
[ 2013/02/16 05:07 ] 井上脩身 | TB(-) | CM(-)


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