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メデイア・ウオッチング 朝鮮共和国の12日の核実験をどうみる:川瀬俊治

 今回の朝鮮共和国の核実験をメディアはどう伝えるかを検討する前に基本的視点を不揃いながらも書き留めておく。

 核問題が朝鮮半島の平和をめぐる最大のキーワードであり、チキンレースのように核開発増進が進むのは平和から確実に遠ざかる。

韓国が潜在的核保有国になるのは原子力発電所の軌跡と同一であり、朝鮮戦争休戦後も南北政府の「北進」「南進」統一の誘惑は続き、李承晩も核兵器開発を望んでいた記録が「原発秘史」に記録されている。朝鮮共和国の方も50年代から核への研究を始動、94年の核戦争危機以降は軽水炉原発建設での動き(KEDO)もあったが(この状況が進めば南北両国が原発保有国という核保有の同列化も可能だった)、しかし、2002年に朝鮮のウラン濃縮による核開発が明らかになり「枠組み合意」は崩壊した。

以降の展開は朝鮮共和国の12日の核兵器実験は当然予想されたことだ。こうなると、改めて指摘しなくても、韓国はアメリカの「核の傘」でしか核バランスでの朝鮮半島平和を維持できない状況にいよいよ固まってきた。アメリカの嘉手納基地での役割は依然として同じであり続ける。つまり日本も同様である。

しかし、朝鮮半島を非核世界に進める展望を最初に打ち出すこと、あるいは実践するのが日本であることは明々白々である。なぜなら核バランスという現代戦争の「綱渡り」の平和を招来した一因が日本にあるからだ。

日本の植民地支配での朝鮮戦略は「南農北工」体制で進めることは、解放後の朝鮮のエネルギー政策に大きく影響した。「南農北工」体制とは、朝鮮半島の南側は食料供給庫として農業開発を進めることであり、北側は工業振興策を主軸においた。このことの影響は南北建国前の発電量が、南側の3.9%に対して北側は96.1パーセントを占める電力量の偏在が著しい実態を招いた(「朝鮮経済年報」48年)。現代韓国を原発大国に押し上げるベースにもなった。エネルギー源を水力、火力より原発へと向かわす土壌が歴史的に日本の統治時代に築かれたことだ。無論アメリカの火力発電奨励で水力発電計画を後退させた戦後(朝鮮戦争休戦後)の影響もあるが、分断なかりせば、韓国の偏在した原発依存は少なくともなかった。なんと2024年の原発発電量は全体の50パーセント近くなる。

朝鮮半島の非核化など理想論にすぎないと唾棄されそうだが、原発の偏在化、朝鮮共和国の核兵器開発をどう方向転換していけるのか。まずはその歴史的必然性を可視化することだ。
[ 2013/02/12 18:40 ] 川瀬俊治 | TB(-) | CM(-)


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