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夜間中学その日その日 (279)   守口夜間中学 白井善吾

みんなで創りあげる、夜間中学の授業
守口夜間中学に高校生29人がやってきた。この府立高校は2000年から訪れている。その交流の様子と授業を参観するため、門真市の中学校教員21人の参加もあった。2013年2月5日のことだ。


この日の理科の授業を報告する。
「夜間中学その日その日」(272)で紹介した「被ばくツバメ」の文章をみんなで読んだ。福島にやってきたツバメ、放射能汚染を知らないツバメは巣作り、子育てし「内部被ばく」を受けた。「福島がフクシマ」となった、2012年春、帰ってきたツバメが少なくなった。こんな記述だ。
高校生が、ゆっくり読んで、夜間中学生が後に続く、意味を考えながら読んだ。二度読んでもらった。そして考えた。一人の夜間中学生が「被ばくツバメはフクシマの子どもたちではないですか」と語ったことも高校生に紹介した。そして2012年日教組教研(富山)での出来事を紹介した。「お父さんから『お前は結婚をしても子どもは生むことができない』と言われました、先生、本当ですか?」そのように言われたとき、皆さんはどう答えますか。夜間中学生の横に座って、私を見つめる高校生の表情が一瞬変わった。

次に、私を生んでくれた、両親。その両親を生んだその両親・・・とさかのぼっていった。1世代30年とすると、2011年、30年前は1981年。さらに30年前は1951年・・。セシウム137の半減期は約30年。これを体に取り込むと放射線を出し続け、細胞を破壊し、DNAに傷をつける。私につながる系統図を将来につないでいくとどうなるか?この中の一人がなくなると、私は存在しないのだ。そんなことで考えを述べあった。
「私たちは大変なことをしてしまった」「あんたらはこれからの人、ごめんなさい」「安全や、安全やとしか聞かなかった」「夜間中学に来てなかったら、まだ安全やと思わされていたかもしれません」夜間中学生はこのように語りかけた。

アメリカの理科の教科書の記述を紹介した。今日の学習は盛りだくさんになってしまった。是非高校生に伝え、考えていただきたいという想いがあったからだ。
① 「巨大なドームの大きな建物が川のそばに立っています。高い塔の上から太い送電線が出ています。そのプラントの上空に煙は立ち上っていません。石炭や石油を運んでくる平底荷船やタンカーも見あたりません。しかし、近くの市や町で使う電力のほとんどはこの施設から送られています」
② 「ウランの採掘は石炭の採掘ほど地球を破壊しません。また核関連のプラントはそれなりにクリーンです。原子炉を運転しているときは化石燃料を使った発電ほど大気や水を汚しません」
③ 「ウランが使われた後に残るものを核廃棄物(核のゴミ)と言います。これは放射線とよばれる目に見えない光線や小さな粒子を出します。大量の放射線はあらゆる生物に致命的な影響を及ぼします。放射性物質は放射能を失うまで生物や水から離しておかなくてはなりません。それは容易ではありません。中には何百万年も放射能を持ち続けるものがあります。科学者たちは放射性物質を地下深く安全に埋める方法を探しています。しかし核のゴミを安全に埋めておくことはとてもできないでしょう。地殻変動によって核のゴミが地表へ押し戻される可能性がいつだってあるのです」(山口幸夫『原発事故と放射能』(岩波ジュニア新書))

この文章を高校生が読み、説明を行った。「上の二つは原発のええとこ。私らはそれしか聞いてこなかった」「だまされた」と夜間中学生は語った。私は続けて、日本の教科書は原発の悪いことは書いていない。しかしアメリカの教科書には悪いことも書いて説明している。
化石燃料として石炭・石油と高校生が説明したので、「石炭を知っていますか。河原の石に石炭を混ぜ、その中から、石炭を見つけだすことができますか?」と高校生に質問した。5人の高校生は「できません」とのこと。即座に「私はできます」と夜間中学生。「石炭ガラやコークスを拾いにいくのは、子どもの仕事でした」。石炭は高校生の世代には身近なものではないのだ。
時間が来てしまった。「人間はどこまでの文明を求めるのかが問題なのであって、そのためには智恵をはたらかせなければならない。どこまでも求めていいわけではない。近代科学をどんなにすすめて原発をつくっても、最後には水で冷やすという原始の行為だけが頼りなのだから」・・どう考えますか?このように質問をして授業を終えた。

この後、夜間中学生との全体交流を行った。高校生は授業の感想を次のように語った。「理科の授業で、原発のこと、こんなことも学んでいるや、とびっくりした。たくさんの意見が出て、そのやり取りがうらやましかった」「教科書がない、どんな勉強をするのか、自分たちで作り上げていく授業が新鮮でした」「文章を読んで説明をする。意外と難しかったが為になった。短い間であったがたのしかった」

参観していた教員の中の二人は、高校生の時、この高校から夜間中学を訪れ夜間中学の授業を体験された方だという。夜間中学のこと、学びが広がっていけばと思う。訪れた高校生に、将来日本を担っていく年齢になったとき、夜間中学を訪れたこと、学んでいた人たちのことを頭の片隅に置いていてくださいと語ったオモニの言葉が想い出される。

[ 2013/02/07 00:48 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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