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金稔万さんの本名(民族名)損害賠償裁判 敗訴に思う:川瀬俊治

金稔万さんの本名(民族名)損害賠償裁判は思ってもいなかった判決を受けた。敗訴である。



夜、ふるさとの家で開かれた報告集会、さらにそのあとでの仲間15人ほどでの11時前までの「だべりんぐ」と行動をともにした。

金稔万さんは判決に閉廷後、混乱していて言葉が出ない状態が続いた。やっとたまっていた思いをぶつけたのが司法記者クラブの記者会見だった。

会見場で弁護士の説明に記者は「おかしな判決だ」と感じる方もいたようで、今日の新聞には、とりわけ朝日新聞の報道はわれわれの気持ちを代弁してくれていた。

夜の報告集会でわたしが発言したのは、「裁判長は高いところから何を見ているのか。同じ目線に立つ意味でももっと席を低くせよ」と言った。無論、裁判官席が低くなることはない。象徴的行為として述べたまでだ。

同じ目線からの考察、証拠の検討、弁明の証左をしながら法律的判を下すという意味だ。それは相手に同化する意味ではない。無論、被告側からも同様のことが言える。

するとどうか。

どうして原告金稔万さんが日雇い労働で一貫して本名を使用してきて、ある日から通名強要の事態に出くわして、就労を余儀なくされたのか。そこには元請けが本名を名乗る(登録された)金稔万さんを外国人就労届けがいる外国人とみて手続きを下請けに下ろし、下請は彼が外国人就労届け不要の特別永住者と知っていた。しかし、元請けに逆らうことはできないため、「本名のままなら外国人就労届けが必要」との元請けの要請が下りることを考え、通名ならそういう元請けの事態もないと考えたのだろう、通名強要という今回の事態に走ったのである。

下請側の「本名なら3、4日手続きがかかる」との証言は、日雇い労働者の雇用を知るものならありえないことだ。日雇い労働はまさしくその日に雇われる1日契約だからだ。3、4日間待てなどという下請けも、またこれに応じる労働者はいない。ありえない話だ。

給料を保障されている人はこの関係がわからない。

朝鮮人の本名問題で苦闘する被告の思いもとどかない。通名強要にいたる明らかな被告側の過誤と原告が日雇い労働者である立場で、強要されていく無念さもわからない。なんということか。裁判官に理解してくれということは無理なのか。

元請け企業は日本を代表するスーパーゼネコン。そして植民地政策の克服に手をこまねく国。この頂上が何ら責任を問われない。このおかしさに地団太踏んでいたのではいけない。あらゆるところから攻めることだ。攻めるとは暴力ではない。歴史を探求し、法律を学び、国、元請け、下請けの心情を己の鏡に映して、その闇をこじ開けていくこと。

俄然、ファイトが出てきた。冊子第2弾の編集に入る。

金稔万さんも変わった。腹が座った。事態の核心をつくのだ。しんどかった2年余の裁判闘争。彼は自らを振り返り、己のアイデンティティを深め、日本社会で見えなくしている朝鮮人差別を可視化した。見えるようにした。すごいことだ。本当にすごいことだ。

しかし最初、どういう経過でこうした通名強要が起きたのかが、よくわからなかった。
3人の弁護士の弁論、調査で上記のような事実がわかってきた。本当に知識とは闇をこじ開けるのだ。今回の裁判闘争に伴走してきて視界が開けた大きな収穫だ。

法律は何のためにあるか。法律は社会的に追い込まれた、あるいは迫害されている人のためにあることを。3人の弁護士の活動はそのことを示していただいた。当然のことだが、すごいことだ。
[ 2013/01/31 22:56 ] 川瀬俊治 | TB(-) | CM(-)


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