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コラム「防人(さきもり)の歌」:片山通夫

寒中お見舞い申し上げます。

 「年のはじめというものは、いくつになっても心がうきうきする」というと、心ない家人などから「いい年をして」などと失笑されるのが落ちだから、けっして人には話さないことにしている。せめてコラムに書くということで満足したい。もっとも、新年にこのようなコラムを読まされる読者としては、はなはだ迷惑だろうとは思うが、そこはお正月ということでご容赦いただこう。



  宮中では《歌会始》という優雅な行事が催される。宮内庁のホームページを見てみると、《歌会始》の歴史はなんでも鎌倉時代中期にまでさかのぼることができるというから長い伝統だ。

 「天上人の催し」はさておいて、我々庶民が歌を読むという行為を一般的に始めたのはかなり古い。7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集である万葉集には、天皇や貴族、下級官人などとともに庶民である防人などさまざまな身分の人間が詠んだ歌を4500首以上も集めたもので、成立は759年頃とみられる。ここで言う防人は、東国の農民だったとか・・・。
万葉集巻二十には、「天平勝宝七歳乙未二月、相替へて筑紫の諸国に遣はさるる防人等が歌」と題して、80首以上が編まれている。

 さてその庶民の代表だった防人の歌をいくつかあげてみよう。ただ、その意はここでは示さない。それは野暮というものだ。

我が妻も絵に描き取らむ暇もか旅ゆく吾は見つつ偲はむ
家にして恋ひつつあらずは汝が佩ける大刀になりても斎ひてしかも
大王の命かしこみ出で来れば我(わ)ぬ取り付きて言ひし子なはも
立ち鴨(こも)の立ちの騒きに相見てし妹が心は忘れせぬかも

 防人たちは、愛する家族や恋人と泣く泣く別れて東国から九州へ赴いた。《国を守る》という使命を負わされて。ところで、これらの歌を読んでいるうちに、筆者はふとこの21世紀の今に思いをはせた。

 とたんに話は生臭くなり恐縮だが、フクシマの事故のせいで、ふるさとを追われた人々、その傷もいまだ癒えない今、原発を再稼働し、新設するという安倍政権のありように、防人の心情に重なったのだ。
《国を守る》、つまり《国体を守る》ということは、庶民を犠牲にしてでもという意識が時の政権にはあるということだ。1945年8月、我が国は《国体護持》という条件を真剣に考えた人々がいたとか。そこには庶民の命や国土の荒廃は全く考えられず「天皇制の安泰」だけが考えられた。
我々庶民は《現代の防人》になりつつある。いや、すでにそのように組み見込まれている。もっとも天皇の安泰ではなく、国家という得体のしれない怪物や財閥化した大企業の安泰だろうが。そして《現代の防人》は古代の防人と同様、使い捨てである。それは福島原発の事故のあとの国の施策を見れば顕著だ。
[ 2013/01/08 06:45 ] 片山通夫 | TB(-) | CM(-)


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