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夜間中学その日その日 (275)   守口夜間中学 白井善吾

学習指導要領一般編(試案)
安倍政権に代わるや、再稼働へ、原発推進へ舵が切られてきている。新聞報道を見ると以下の展開だ。「勢いづく原子力ムラ『原発ゼロ見直しを』電事連会長」(12.18)。「東電、支援拡大を期待、広瀬社長 賠償など」(12.20)。

「原発 ゼロから維持へ」(12.27)。「未着工原発 建設に含み 経産省『今後の政治判断』」(12.27夕)「遠ざかる『原発ゼロ』経産相 未着工凍結『白紙』 推進派『希望もてる』 福島『事故忘れたか』」(12.28)。「首相原発新設に含み『国民的な理解得ながら』」(12.30)いずれも朝日新聞。
夜間中学の理科では、学習したことが、今社会で起こっている出来事にどのように関係しているのかを見た後、もう一度理科の学習の中身を再考する進め方で学習を行っている。放射能汚染により作っても食べられない農作物。風評被害でせっかく作っても売れない食料品。原発で働く人たちの被曝。故郷に帰ることができない住民。自らをその人たちに重ねて夜間中学生は考えてきた。
私は3・11と教育を次のように押えている。戦前、「皇国神話」に基づく軍国主義イデオロギーの「刷り込み」をおこない、近隣諸国を侵略していった。その道具に使われたのが「教育」であった。そして「8・15」を迎えた。この深い反省に基づき、1951年、私たちは「教え子を再び戦場に送らない」との誓いを新たにした。しかし、原子力発電の推進をもくろむ政財界は「電気事業連合会版・教育指導要領」を教育現場に配布し、著名文化人を動員、映像を駆使して「原発安全神話」の刷り込みをおこない、原発礼賛、是認教育を進めた。原発推進の世論形成に、またしても「教育」を利用した。そして行き着いたところが、「3・11原発事故」であった。
このことを受け、「学びは運動につながり、運動が学びを育てる」。社会の出来事に正しい判断で行動できる力、積極的に声を上げていくそんな学びを追究することだと考えている。
安倍政権は「学習指導要領」に法的拘束力を持たせ、逸脱することを厳しく禁ずる教育の国家統制を進めるであろう。冬休み、戦後間もない1947年文部省が提示した「学習指導要領 一般編(試案)」を改めて目を通した。序論では、画一的な指導法を批判して各現場が創意工夫をする大切さについて次のように述べている。
「‥またそういう工夫があってこそ、生きた教師の働きが求められるのであって、型のとおりにやるのなら教師は機械にすぎない。そのために熱意が失われがちになるのは当然といわなければならない。これからの教育が、ほんとうに民主的な国民を育てあげて行こうとするならば、まずこのような点から改められなくてはなるまい。このために、直接に児童に接してその育成の任に当たる教師は、よくそれぞれの地域の社会の特性を見てとり、児童を知って、たえず教育の内容についても、方法についても工夫をこらして、これを適切なものにして、教育の目的を達するように努めなくてはなるまい。いまこの祖国の新しい出発に際して教育の負っている責任の重大であることは、いやしくも、教育者たるものの、だれもが痛感しているところである。われわれは児童を愛し、社会を愛し、国を愛し、そしてりっぱな国民をそだてあげて、世界の文化の発展につくそうとする望みを胸において、あらんかぎりの努力をささげなくてはならない。そのためにまずわれわれの教壇生活をこのようにして充実し、われわれの力で日本の教育をりっぱなものにして行くことがなによりたいせつなのではないだろうか‥」。ひらがなの多い、平易な文章である。
使われている語彙の問題はあるが、何のことはない、私の頭にすっとはいてくる文章ではないか。夜間中学で私がやっていることと重なることが多いことも再確認した。自信をもって夜間中学でやっている学びを推進したいと考えている。
[ 2013/01/04 14:02 ] 寄稿 | TB(-) | CM(-)


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