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コラム風「政治家切り捨て時代」:井上脩身

 昨年12月に行われた衆院選で惨敗した民主党。公示前の230議席から57議席に激減し、現職閣僚ら大物が枕を並べて討ち死にした。1人しか当選できない小選挙区制では、選挙のたびに順風と逆風が交互に吹き荒れる。向かい来るいかなる烈風の中でも勝ちぬける者しか生き残れない、政治家切り捨て時代になった。


 私は2人の民主党政治家と直接話をしたことがある。一人は仙谷由人元官房長官、もう一人は馬淵澄夫元国交大臣。負けるはずないと見られた仙谷氏(徳島1区)は自民党の新人(元県議)に敗れて落選し、馬淵氏(奈良1区)は自民党の新人に競り勝ち4回目の当選を決めた。

 仙谷氏と会ったのは20年前。徳島市の彫刻家の自宅で彫刻談義に耳を傾けていた時のことだ。仙谷氏が突然、玄関からぬっと入ってきた。仙谷氏は東大在学中に司法試験に合格した秀才。労働団体の弁護士を務めていた時、社会党のホープとして担ぎ出されて、1990年の衆院選に初当選。「当選間違い無し」と事前に予想された再選を狙った選挙で、もう一人の社会党現職と共倒れになった。
氏は羽田孜首相(当時)が「私は普通の人」と述べたことを話題にし、「普通の人が首相になれるなんて」と、あからさまに不快な表情を顔に浮かべた。過剰なばかりの自信が言葉の端々にうかがえた。不遜にも見える態度が有権者の支持を得なかったのだと、その時私は思った。

 馬淵氏に会ったのは10年前だ。大阪で開かれた書家のパーティーで席が隣り合った。初対面の私に、「政治のことで考えていることがあれば何でも教えてください」と丁寧に頭を下げた。その腰の低さに驚いた。人柄は地味だが好感を持てた。
 民主党政権になって仙谷氏は行政刷新担当相、官房長官などの要職を歴任、「影の副総理」ともいわれたが、代表選にはついに出馬しなかった。一方の馬淵氏は国交大臣を経て、党の代表選に出馬し、野田佳彦氏と争った。
 仙谷、馬淵両氏は、力量ある政治家として地元では評価されている。今度の衆院選で明暗を分けたのは腰の低さではないだろうか。小選挙区で当選回数を重ねるには「志は高く」かつ「腰は低く」でなければならないのだ。
 馬淵氏は衆院選後の党の代表選に出馬した。海江田万里氏に敗れたものの、党内での地歩は着実に固めつつある。政治家としての実績は自他ともに認める仙谷氏は国会の表舞台から立ち去った。小選挙区制になって、国会は勝ち馬だけが闊歩できる非情な世界になった。(フリーライター)
[ 2013/01/05 01:22 ] 井上脩身 | TB(-) | CM(-)


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