ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  鄭容順 >  奈良おんな物語《24》「韓国語教室を開いている日本人―田中由佳」上:鄭容順

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

奈良おんな物語《24》「韓国語教室を開いている日本人―田中由佳」上:鄭容順

「プロフイル」
1978年生まれ、島根県安来市出身。島根県立安来高校を卒業後、大阪外国語大学外国学部地域文化学科(モンゴル語)に入学、後にモンゴル語を退学して大阪外国語大学外国語学部地域文化学科(朝鮮語)3年次編入学、大阪外国語大学大学院言語社会研究科地域言語社会専攻修了。学位は言語学修士、専攻は朝鮮語学。後に大阪に外国語大学語大学博士後期課程に入学、2009年に退学した。


chung-tanaka-1.jpg

現在は通訳ガイド、通訳や翻訳を行うほか、韓国の個人レッスン、カルチャースクールや公民館などでグループレッスンを行っている。2011年、通訳案内士を取得した。

「韓国語との出会い」

島根県では日韓交流事業が行われていた。
1996年、日韓交流事業に参加し高校2年の時に韓国を訪問したのが始めだった。ホームページで高校生の日韓交流事業に参加した当時のことを書いておられるのでここで紹介します。
「1996年、高校2年のとき、島根県の国際交流事業の釜山、慶州、ソウルに行ったのがきっかけでした。大陸とつながっている韓国の色鮮やかさや人に興味を持ちました。渡韓前に韓国の文字「ハングル」を少し勉強して韓国に行くと、看板が読める。感動でした」と記述している。
田中由佳さんは韓国語に関心を持って心の中に刻まれていった。
高校生の日韓交流事業で韓国に行ってもなんとなくそのまま思い出に残って通り過ぎていく一過性の高校生もいれば、少しの興味から覚えたハングルで看板のハングルを解読し、文字を読めると実感する人もいるのだ。貴重な体験だった。

「韓国とのつながりと日本」

1997年、大阪外国語大学に入学したものの韓国語に魅力を感じて1998年、大学を休学して韓国ソウルにある延世大学校の語学堂に語学留学をした。
その後、朝鮮語専攻3年次入学、大学院に進学し韓国語や韓国の文化について専門的に勉強、韓国語に没頭した学生時代を送った。
在学中に大学の教養科目や企業の海外赴任前研修で韓国語を教える機会があった。はじめは手探りだったが韓国語の楽しさが伝わればという気持だった。
留学や大学在学中に韓国と触れあい親しむ中、一方で疑問もあった。日本について聞かれても答えられない。日本のことを何も知らない。そうして着付け(2011年、着付け講師免状取得)や表千家茶道も習い始めた。
そのような中でガイドとして自分で日本を紹介したいと思うようになった。

<写真説明> 2012年11月20日に喫茶店で撮影した写真を掲載します。

[ 2012/12/25 07:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。