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メディアウォッチング「人権国家なら冤罪をなくさなければならない」:南亭駄樂

「東電OL殺人事件」で容疑をかけられたネパール人の男性ゴビンダ・プラサド・マイナリさんの再審裁判が10月29日から始まる。検察が行ったDNA鑑定でネパール人男性とは別の男のDNAが検出されたため、検察は無罪を請求することを検討しているというニュースが流れた。1997年の事件から15年、男性はやっとネパールに帰国することができた。
 私たちはいま思えば当時でも無罪とわかったはずの事件の教訓から、日本の捜査や司法のあり方をきちんと考え直さなければならない。日本には、まだ多くのえん罪事件が存在しているのだ。
 その一つが、1966年清水市(当時、現在は静岡市清水区)で起きた「清水市黄金味噌一家四人放火強盗殺人事件」で逮捕され、死刑が確定した袴田巌さんの事件、いわゆる「袴田事件」である。

 事件は、味噌製造会社の専務宅が全焼し、焼け跡から専務ら4人の遺体が見つかったことから始まった。当時30歳だった、従業員の袴田巌さんが逮捕され、無実の訴え続けたものの退けられて1980年に死刑が確定した。
 東電OL殺人事件も、ネパール人男性の無実は当時でもすぐに判断できると思うような材料がたくさんあるが、袴田事件も、いま考えれば、第一審で45通の自白調書は強制されてものとして1通しか認められないなど、無罪が容易に予想されるほどの内容である。どうしてそれが、有罪になるのだろうか。若い頃に静岡で新聞記者としてこの事件を取材していた筆者(私)には不思議だったが、その謎が解けたのは、静岡地裁で死刑判決を言い渡した熊本典道元裁判官が名乗り出たときだ。2007年、袴田事件で主任裁判官だった熊本さんは「袴田さんは無実だと思い、無罪の判決文を用意した」と明かした。しかし、他の2名の裁判官が同意せず、死刑の判決が言い渡されたのだった。
 熊本さんは「私は無罪を確信しながら死刑判決を言い渡した」と発言している。しかし、そのことは再審裁判の扉を開けることにはつながっていない。  http://kumamoto.yoka-yoka.jp/c3199.html

 袴田さんの再審請求運動は、家族や市民団体、日弁連だけでなく、元ボクサーだった袴田さんの経歴からボクシング界も長く支援を続けている。第一次再審請求は2008年3月に最高裁で棄却されたが、現在は静岡地裁で第二次再審請求が審理されている。
 そのなかで最近出されたのが、取調中の録音テープである。逮捕から自供までの取り調べは、8月の猛暑の中、1日平均12時間、最高17時間にも及んだという。その生々しい記録としてやっと公開されたテープには「真犯人でないと知り得ない“秘密の暴露”」はなく、逆に「無実の人が語る“無知の暴露”」がうかがえるという、法心理学者の鑑定書が提出された。また、証拠の血痕が袴田死刑囚のDNA型と一致しないなどとする鑑定結果も出されている。

 冤罪事件一般に言われることであるが、メディアは容疑者逮捕前後から、容疑者の人権を踏みにじるような報道キャンペーンをはることが多い。そのことが冤罪を生む環境を作ることになる。メディアは、そのことを反省すると共に、素人でもわかる事件や捜査の謎や矛盾にもっと注目し、人権を守る調査報道に力を入れるべきであろう。

(参考)
「“再審”を-袴田事件は冤罪か」
 http://www.youtube.com/watch?v=sR7DYD1Y9bk
・映画『BOX 袴田事件 命とは』予告編
 http://www.youtube.com/watch?v=x9N47ngNYXA
[ 2012/10/16 00:00 ] 南亭駄樂 | TB(-) | CM(-)


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