ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト

ジャーナリストの取材記事、論考などそ掲載するブログ
ジャーナリスト・ネット公式ウエブサイト TOP  >  スポンサー広告 >  犬塚芳美 >  映写室「生き抜く 南三陸町 人々の一年」制作者インタビュー(後編):犬塚芳美

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

映写室「生き抜く 南三陸町 人々の一年」制作者インタビュー(後編):犬塚芳美

 ―「絆」や「希望」という言葉で括れない被災地の日常―

<昨日の届き>
森岡:そういう意味では、この作品を1年目でも2年目でもない、真ん中の時期に何気なく上映できるのがよかったなあと。そういう点も、日常を描いたこの作品らしいなあと受け止めてもらえればと思います。今回の劇場での公開の後も、公民館で上映されたりと、一時のことではなく、この作品が持続的に見ていただければ嬉しいですね。

ikinuku_3_convert_20120914025105.jpg
©MBS

井本:僕らはテレビ局の人間なので、別のところで収支を合わせているから、映画化にさいし、一つ一つ当てていかないと、次の作品が作れないという状況ではありません。この作品で採算ペースに乗せなくてもいいので、そこのところは鷹揚に、僭越なのですが、テレビ局の社会的な使命として、記録を残さなくてはいけないと思いました。なぜなら、関西の私達は、阪神・淡路の経験があります。苦しい再建の歴史を見てきましたから、それを生かすべきだと思いました。

―テレビ局がテレビの枠を飛び出したのは、パンフレットに想田監督が書いているように、テレビ制作者の間に、別の表現方法を求める要求が高まっていたのもあるのでしょうか?
井本:それも大きいですね。先日、想田さんと話す機会があったのですが、彼は最近のテレビ番組は離乳食だと言うんです。「噛み砕いて解かりやすく作り、それをスプーンで口元にまで運ぶほど、見るほうに委ねた作り方になっている。何かを見て考えるという提案の仕方が少ない。もっとそうするべきだ」と。その通りなのですが、でも、そういうのを今の商業ペースのテレビでと思っても難しい。制作者の中に欲求不満が募っているのです。この作品にしても、ナレーションを省いた冒頭の25分が長すぎるという人もいるのですが、行間を読んでもらう作品を作ろうという思いで作りました。解かりにくいかの知れないけれど、こういう表現法を、皆さんに問うて見たかったのです。

―ちっとも解かりにくくなんかありません。もともとテレビの現場で、伝えたい思いを正確に伝えるという訓練を受け、そういうテクニックを持っている制作者なので、いくら引き算をしても、その精神が残っている。解かりやすさと、観客にゆだねる兼ね合いが、丁度いいところに収まっているのではないでしょうか。完成度の高い大人の作品だなあと思いました。
森岡:映画の時はナレーションを入れないで作りたかったのです。テレビのほうも、1年目に放映の3作目は、ナレーションを3分の1くらいに少なくしましたが、それでも何かが違う。テレビ業界にいると、どうしてもわかりやすく作ろうと思ってしまうけれど、何か不満が残りだしました。今回のやり方がいいのかどうか、それは皆さんに尋ねてみたいのですが、8割がわからないとしても、ひとつのやり方なのではないかと思うのです。過激にして人の目を引き付けるという手法もあるし、テレビならこれでもかというほど積み重ねて、チャンネルを廻させないテクニックがある。90年代からそういう研究を重ねてきましたが、作るほうにしても、何ともやり切れない思いを重ねてきました。テレビもBSとか色々なスタイルが出てきて、そちらが人気を得てもいるんですよね。このままでは自分たちの存亡にもかかわってくるわけです。
―今後の制作方針のアンテナっぽいところもあるのでしょうか?
井本:社内でもそういう風に言う人もいますが、今回はテーマがテーマなので、特別なケース。他の事でそういうことが出来るのかどうかはわかりません。

―被災地の取材は続いているのですか?
井本:僕らは続けていますが、1年を過ぎてめっきり減りました。今年の3月11日の前後は何十台もテレビカメラが並んでましたが、今は地元のテレビ局とNHKくらいですね。まあ、2年目には又カメラが並ぶと思いますが、そういうアニバーサル的な興味や関心になりつつあります。うちは上が認めてくれるので続けていますが、1クルーで3人ですから、交通費滞在費等を考えると、関西一円で取材するのとは桁違いの経費がかかります。それに僕らの番組にしても、改編期には毎回存亡の危機にさらされているのが現状で、実際は厳しいのです。東海テレビの阿武野さんがたった一人の戦いだと窮状を訴えていますが、そこまで厳しくはないものの、やっぱり大変です。

―それでも今回は社内に配給も置いて、映画を作ったと。
井本:ええ。ただし、この作品を作ったのは僕ら報道セクションで、配給は又別のセクションなのです。報道の者が収支を考えると変なことになるので、そこは分けるべきだという考えが社内にありますので、そうなりました。
―なるほど。それでも、テレビ番組ではなく映画を作ったと。
森岡:なぜ、テレビではなく映画なんだという問いは、当然、社内でもありました。内にもBS系がありますし、テレビという電波から逃げないでやるべきだというのは、テレビ局として当然の考え方です。それでも作ってしまったと。フリーランスの方はたくさん映画を作っていますが、テレビ局が作ったのは、僕の認識ではこれが初めてではないでしょうか。一石を投じたことになるかもしれません。全国で始めて舵を切ったかなあと。

井本:1月に1度、深夜に「映像12」というドキュメンタリーをやっていて、「映像80」から、もう32年間続いている。NHKに続いて古いドキュメンタリー枠を持っている局なんです。年間12本だから、もう320本以上のコンテンツがある。映像シリーズから切り分けて映画を作ることも出来るわけで、そういう可能性を僕自身は考えているところです。最もテレビ局内でも、ドキュメンタリーはスポンサーも付かずに厳しい。幾多の存亡の危機を潜り抜けてきましたが、受け継いできたドキュメンタリーを作るノウハウを、伝えていかないといけないと思っています。

―映画を作ったことに対して、他局の反応はいかがですか?
井本:他局はある意味でライバルなので、一般公開の始まるこれからです。ただ、今回の取材の質問に絡んで、他局に問い合わせの電話取材をしたら、そういうことをやるのかと、興味を持っていました。
―テレビとか映画だけでなく、今は過渡期で、色々な境界がなくなっていますからね。
井本:そうなんです。そういうくくりはもう無意味かもしれません。テレビを見るといっても、録画の人も多いし、パソコンで見る人もいる。ハードはどんどん広がっている状態で、短絡的なくくりは通用しなくなっていますね。そういう意味でも、映像を扱う手法を知っているテレビ局が、ピュアな気持ちで作った作品のクオリティを見て欲しいです。テレビの可能性を、こういうところにもう一度問いたいという思いもありました。

森岡:震災の報道も、当時は半々だったのに、今は原発報道ばかりになって、津波報道がなくなっています。現地に行くと、まだ自分たちはそのままなのに、震災が世間から風化されてきつつあると、それを恐れる声が多い。身近でないと物事は遠くなっていきます。忘れるのを非難はしないけれど、これが何かのときに思い出すきっかけに成れればいいなと思います。(聞き手:犬塚芳美)

《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》 
 <現場の空気が伝わってくるような>荒削りな作品もいいですが、こういう、プロならではの、整理されたクオリティの高い作品は、やはり見ていて届くものが違います。何も考えずに、画面に吸い込まれて、冒頭の圧倒的な津波の破壊の跡に言葉をなくし、だからこそ、4人の物語に自然に感情移入できました。考えること、行間を読むことを、より深いところに向けられるのではないでしょうか。
 <時間とともに深くなる悲しみを>口に出さずにはおれなかった、一人暮らしの女性。でもそれは、前向きに生きようと涙を隠す誰もの中に、おりのようにたまっている感情かもしれません。自分の日常に流され、忘れがちな被災地。十分に頑張っている人に、これ以上頑張ってとは言えないけれど、それでも、生きていればきっといいことがある、それを信じてという言葉を送りたいと思います。

この作品は、10月6日から第七芸術劇場(06-6302-2073)
      10月13日からポレポレ東中野
      10月20日から神戸アートビレッジセンター、
      11月10日から京都シネマ にて公開
[ 2012/10/06 07:00 ] 犬塚芳美 | TB(-) | CM(-)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。