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書評・犬塚芳美『破損した脳、感じる心』(亜紀書房、1680円):三室勇

ジャーナリスト・ネットで「映写室」担当の犬塚さんが上梓された本を紹介したい。
つれあいが不慮の転倒事故にあい、緊急手術をし、その後、長期の入院生活を強いられることになった。その間、さまざまな出来事に翻弄されながらも、身近な友人たちの支えを得ながら、夫の再起を信じて、病院のリハビリに加えて、家族ならではの、さまざまなリハビリを考案し、取り組んだドキュメントである。



しかし、ただのドキュメントではない。その理知を支えているエモーショナルなものも書き込んでいる。怒り、不安、信じる心、その協奏が本書を、ただのリハビリ本とは違った読後感を読むものに与えてくれる。

つれあいは転倒時に頭蓋骨折があり、急性硬膜外血腫を発症していた。病院に行っても深夜だと、当直に専門医がいるとは限らない。そのため見落とすケースがある。たまたま救急搬送された病院はオンコール体制(帰宅している医師を呼び出す)をとっており、脳神経外科医が駆けつけ、緊急手術をしたため一命を取りとめたといってよい、非常に危険なケースだったようだ。

硬膜外血腫は転倒時には意識があり、当人も周囲も異常を感じずに、帰宅するケースがある。出血はじわじわと拡大し、脳を圧迫し、それが続くと、脳細胞の部分的壊死を引き起こす。硬膜外血腫にからんだ医療裁判では、念のため受診した病院でCT撮影をせずに帰宅させたため、翌朝死亡し、医療ミスが問われた事例があった。それほど怖い疾患である。

術後、すぐに回復するケースもあるが、脳に何らかのダメージが残ることもある。その現れが高次脳機能障害である。失認症(視覚認知の不具合)、失語症、失行症(意図した動作ができない)、注意障害(散漫になり、集中を欠く)など実に多くの高次脳機能障害の症状がある。そのうち、何が症状となって現れるかは個々のケースによる。

実際にさまざまな症状が現れたという。視野狭窄・複視、右の半側空間無視と半側身体無視、計算力障害などだ。しかし手術後も言語能力は優れており、人物評などは鋭い。視野狭窄、複視があっても映画を見にいくと映画人(映画美術)らしく深読みができる。そこが人間の脳の不思議さである。ここで著者は障害に応じたリハビリを編み出すわけである。脳の不思議さでいえば、当人は意識が戻ったときに転倒事故当時の記憶が脱落しており、ベッドに寝かされている自分はどこかに拉致されていると、結構、長く思い込んでいたという。

本書を読んでいて、心ひかれたところは、「リハビリ家族学」もそうだが、つれあいと著者がこの病いを契機に、“生き直し”といってもよい関係を築こうとするところだ。12日間いたICUから出て、一般病棟に移り、意識が朦朧としているころ、うつろな表情の夫に向かって、「怒りで始まり、最後は激励に変える言葉」を繰り返し吐いた、書く。

夜、消灯しても、らんらんと目を見開き、宙をみつめている夫に向かって、「……死ぬ気でリハビリをがんばって。その代わり私も一生懸命応援するから、絶対最後まで見ているから、がんばって。がんばって治ろう」、こう繰り返される言葉はつれあいの意識下に届き、生き、治す力となったに違いない。言葉の背後にある情動のコミュニケーション、それが自己治癒力を活性化したのではなかろうか。それが自宅に帰れるまでの回復につながったように思う。

著者の文章は、分かりやすく、読みやすい。文中に出てくる映画の話もこの夫婦ならではのもので、重い内容ながら、一気に読ませてくれる。

犬塚芳美『破損した脳、感じる心――高次脳機能障害のリハビリ家族学』(亜紀書房、1680円)

[ 2012/09/25 12:16 ] 三室勇 | TB(-) | CM(-)


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