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日曜新聞書評欄簡単レビュー:三室 勇

今週も日曜日恒例の新聞書評欄から。
残暑なのか、暑中なのか、いずれにしてもいい加減にして欲しい、この暑さ。この際、奇人変人のたぐいの本で、暑気払いをしたらどうかと考えた。


読売――
アミール・D・アクセル『天才数学者列伝』(ソフトバンク・クリエイティブ、1900円)、評者・中島隆信。副題「数奇な人生を歩んだ数学者たち」が示すように、ギリシャからはじまり現代まで、天才たちの奇人ぶりは実に多様である。評者は、本書の特徴を2つ上げている1つは、数学は時代の影響を色濃く受ける学問だということだ。「古代ギリシャでは「神は数」であり、整数の法則は「神聖な性質」と崇められた」。聖書に数の神秘が隠されているといった考え方もあったのを思い出した。神秘主義や占星術とも数は結びついていたし、王侯貴族に数学者は珍重された。時代が近代の夜明け、フランス革命の時代になると数学者はよけい者とされ、ギロチンにかけられたりする。
本書のもう1つの特徴は、登場する天才たちの人間臭さが描かれていることだ。微積分のアイディアの剽窃をめぐって争うニュートンとライプニッツ、無限や無理数を考えたカントールを攻撃するクロネッカー。ここでチョット解説。カントールは自然数も偶数も同じ数だけあると考えた。偶数の2を自然数の1に当てはめ、順次追えば同じになる。有理数も同様に自然数と同じ数だけある。しかし、無理数に関しては自然数より多いとした。なぜなら無理数は小数点以下に延々と数が連なるからだ。もし自然数が無限なら無理数は無限より多い無限ということになるわけだ。こうした考えに反対したクロネッカーは「自然数は神が創ったもの、他の数は人間が創ったもの」として、カントールを攻撃する。とうとうカントールは精神を病んでしまい、精神病院に入り、そこで亡くなっている。ラグランジュも功績大の数学者だが、56歳の時に40歳若い2番目の奥さんをもらって、うつ病から回復し、代数幾何学の理論を作り替えるほどの仕事をした。もう1人、現代数学ではグロタンディークも奇人として知られる。この辺の数学はちんぷんかんぷんだが、彼はフィールズ賞(数学のノーベル賞といわれている)などを取ったのち、数学生活から離れて、1991年には家族のもとを去り、ピレネー山脈で隠遁生活に入ったと聞く。彼には『数学者の孤独な冒険―数学と自己の発見への旅』など書著もあるが、実に変な本だった記憶がある。

朝日――
トレヴァー・ノートン『世にも奇妙な人体実験の歴史』(文藝春秋、1890円)、評者・出久根達郎。評者は、書き出しでピロリ菌の発見者、マーシャルとウォレンのことを取り上げている。胃酸は強塩酸である。そんなところに細菌がいるはずがない。これが常識だった。ところがいたのだ。ピロリ菌がアンモニアを産生して回りを中和する戦略で生きていた。今から29年前のことだ。これでノーベル賞を取っている。マーシャルは自分でピロリ菌を飲んで潰瘍になるか試してみた。そして除菌して回復する実験をしている。まさに人体実験である。今では当たり前の血管に細い管を入れて、心臓の周囲にある冠動脈のつまり具合をみるカテーテル検査。これもフォルスマンという医者が自分の血管に管を入れて、X線で確認しながら心臓までたどる人体実験をしている。こうした人物がいなかったら治療の新しいディメンションは切り開けなかったはずだ。そうした意味で、奇人といってもよい身を挺した医師たちの働きに驚かされる。当然、おのが身を実験台にして、亡くなっている医師たちもいたことを付け加えなくてはならないだろう。
[ 2012/09/02 07:58 ] 三室勇 | TB(-) | CM(-)


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