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奈良おんな物語《20》「韓国俳優ペヨンジュン似顔絵サークル奈良―laki(らき)下:鄭容順


「ヨン友たち」
2011年10月、ペヨンジュンが京都に来る情報が入ってくる。
韓国に帰国かもという情報が入るとペヨンジュンのフアンたちは関西国際空港にペヨンジュンを一目見ようと集ってくる。
噂は噂が呼んで関西国際空港にペヨンジュンフアンはもちろん、韓流フアンも集ってくる。

名古屋に来られるという情報が入ると名古屋に飛んでいくことも・・。


韓国ではペヨンジュンが経営しているレストランに行く。
1度はこのレストランに来られていたペヨンジュンとお会いしてとても感動した。年に1回、韓国に行ってはペヨンジュンの住んでいる空の下で空気を満喫している。

ただ時代の流れは多くの韓国の俳優や歌手が日本にいてもテレビやドラマで見られるようになった。そのファンも変わってきている。
そして似顔絵の対象者も変わってきた。
チャングンソクのフアンも多く似顔絵を描く人も多くなった。

ハンドルネーム「らき」さん。学校機関の教壇に立っていることから韓国の俳優のフアンで似顔絵を描いていることを公表することに少し抵抗があることから 本名は出さずハンドルネームの画面構築になった。

「ペヨンジュンを奈良に案内するとすれば」
らきさんは奈良を案内するとすれば東大寺、興福寺など奈良と韓国の渡来文化のお寺や史跡を話された。
「ペヨンジュンがもし奈良に来られたらどこを見学してもらいたいですか」と筆者が聞いて応えてもらったのです。
奈良は古代朝鮮から仏教や文化が伝えら国の礎になった。渡来文化の宝庫で1日ではまわれない。3日かけてもまわれないだろう。
しかし1度は奈良に訪れてほしいものだ。

「筆者の感想」
筆者は韓国テレビ(KNテレビ)で「冬の恋歌」で放映された2002年の初めの冬に少し見ていた。筆者の青春時代の日活映画、浜田光夫と吉永小百合の青春映画を思い出したものだった。しかし青春映画でも日本と韓国と時代背景が違う。
歴史も文化も違うがそこには長い間忘れていた青春の香り、みずみずしい画面が流れていた。

ここで1つ筆者の考えを話しておきます。
日本より10年遅く感じられる韓国の国力に経済・文化活動です。
これは遅れているのではなく韓国の歴史として地道に1歩1歩と進めてきた経済政策で文化活動です。
1950年6月25日、北朝鮮が国境を越えて侵攻したことによって勃発した戦争、韓国では韓国動乱、または6・25の勃発でユギオといわれている。日本では朝鮮戦争といっているが1953年7月27日に休戦した。38度線の軍事境界線で南は大韓民国、北は朝鮮民主主義人民共和国となって未だに南北分断国家である。この戦争で多くの若者たちが犠牲になった。
戦争当時の子どもたちが韓国の国力として経済活動ができるようになったのは1975年前後からである。それからめざましい発展を遂げてきた。文化活動など心によりどころを目指す活動が日本より10年遅くなったことも理解してもらいたい。

韓国テレビで放映された「冬の恋歌」の放映時間が夜の9時から10時過ぎまでだった。
当時、筆者は現場取材が多く夜も現場に出ていた。
そんなことから見る機会が少なくなって見ることはなくなった。
しばらくするとタイトルは「冬のソナタ」に変わってNHKBSで放映されて日本の中高年の女性たちは1960年前後に青春を過した時代背景と重なって少しずつ俳優・ペヨンジュンとチェジウのフアンが増えて物語に感動していく人が増えた。
韓流の火付け役は「冬のソナタ」、ペヨンジュンとチェジウの功績は大きい。
そしてNHKの地上波も放映、年末には「冬のソナタ」の特集まで組まれ、主題歌を歌った歌手・ピーまでブレイクした。
もちろんユンソクホ監督も何度か日本に招待されてテレビ出演をされた。

ペヨンジュンが来日、成田国際空港には大勢のフアンが駆けつけた記憶はまだ新しい。しかし韓流はK―POPに移行して若い女性の韓国フアンが増えた。
この火付けをしたのはテレビやラジオでおなじみの古家正亨さんです。
古家正亨さんはK―POPが日本でブレイクする前、大阪のラジオ局を通して韓国の歌、最新の歌を紹介されていた。音楽に対する感性はまた他の人と違う感性を持っておられた。韓国の若い人の音楽にこれはいけると閃いた先駆者です。

写真8―古家さん(大阪文化院提供)

筆者は大阪市内のホテルで取材をした。
人柄のいい人で丁寧な取材対応だった。出身は北海道、韓国に語学留学して帰国後は北海道と大阪のラジオ局で韓国の音楽を紹介する活動をしていた。韓国のKBSとの関係もあって大阪の仕事も順調に動き始めていた。しかしもう1度、学び直そうと考えて東京の大学院生になった。大阪から東京に移転する寸前、多忙なところ時間を作って下さって古家正亨さんを取材することができた。
住まいを東京に移すと聞いて「本当に大丈夫ですか」と筆者は聞いたものだった。
そのとき古家正亨さんは韓国大衆歌謡の到来をもう早に予見をしていたのだろう。東京に住まいを移してからしばらくするとK―POPが日本で活躍し始めて「カラ」や「少女時代」など多く、韓国の若手の歌手が進出してきた。古家正亨さん本人から韓国大衆歌謡の起爆剤の原点とは聞いていない。しかし周りは静かに見守っていた。大阪で駐大阪大韓民国総領事館の関係者に古家正亨さんを紹介して頂いたが日韓文化の解放で古家正亨さんの今後の活動を期待して予想もしていたのだろう。

古家1

古家2

先日、駐大阪大韓民国総領事館大阪韓国文化院にK―POPの歌手を呼んで古家正亨さんの講演会が行われた。応募定員は約5倍になった。
会場は広いホールに変えて行われた。韓流はまだまだ衰えないパワー、日本人の多くのパワーがここに集中していることを感じた。日本人のテレビ事情に変化がきている。何がそうさせているのか。日本人自ら考える課題と思っている。

在日韓国人の筆者は韓国の俳優が日本に来られるということは大歓迎です。
しかし1度は在日韓国人の同胞と距離を置かないで語り合うことも必要ではないかと思っている。
2世は戦後の時代背景で日本の学校に通学した者がほとんどで韓国語が不十分です。しかし韓国に語学留学をして日本で韓国語を教えている人もいます。
そして日本植民地時代、生きるために日本に渡日した1世たちの渡日史を聞くことも韓国と在日韓国人をつなぐ絆です。
1世の女性たちは学校に行くことができずハングルも日本の文字も習うことができなかった。日本で生きて子どもが成長して手元を離れてやっと自分と向き合う時間が作れるようになった。1世の女性たちは日本公立学校で設置している夜間中学や夜間学級で文字を習い日韓の歴史も学んできた。
しかし生まれた所は韓国です。韓国が故郷です。
韓国語は日本でも母語です。生活のために日本語を使っている。
韓国語ができる1世たちを訪ねて交流することが今後、韓国の俳優や歌手に提案したいものだ。しかも営業でなくボランテイアで来て下さることです。
日本人教師たちが夜間中学を設置する運動してできたもの。一緒に日本人教師と共に歩いた人生体験は他では聞くことができない。奈良にも夜間中学がある。ぜひ1世たちが学ぶ学校に来てもらいたいものだ。

巷では「韓流」は遠くになっていくといわれているがそうはいかないだろう。
韓国人の底力はまた日本と違う底力です。日本に植民地支配された歴史は親から子、子から孫とDNAは受け継がれている。発想豊かな民族はまた違う形で韓流を日本に紹介してくるだろう。
韓流に在日韓国人は一時、不愉快さはあった。隣に住んでいる在日韓国人でなくて、なぜ本国の韓国人なのと思ったものだった。
しかしネイテイブの韓流で韓国語を受講する人が年々増えている。
韓国の文化を好きになって韓国食材の虜になる人も増えている。
その証の1つに先日、大阪韓国文化院主催で8月4日に行われた「なら100年会館」での「韓国伝統芸術の音楽祭」には定員倍以上にも越える応募者に収容ホールの関係で先着順を受け入れた。それでも立見ができる満席となった。
やはり新聞の広報紹介も大きかったがそれだけ韓流が浸透している。
関係者はこれまでのことを知っているので動員人数に躊躇されていたが当日の会場に訪れた観客に驚いておられた。
これも韓流の影響だろう。

なら100年会館

ペヨンジュンの影響も大きくそのサークルを作った似顔絵サークルの活動も影の功労者です。
筆者が2005年、韓国ソウルのロッテ百貨店のエスカレーターですれ違ったハンサムなオーラーのある青年、ふり返って見るほどオーラーがあった。
その人がやがて日本のテレビに顔を出すようになった。
最近、日本のテレビで紹介された「ジャイアント」に出演していたチュサンウク(朱相昱)です。まだまだハンサムな俳優が画面で見せてくれるだろう。
韓国の俳優たち、日本を好きになってぜひ古代史の韓国が詰まった奈良に訪問してもらいたいものだ。兵役の軍隊で培った精神構造は日本の男性俳優とは違う。そこに生きる力を教えてくれているドラマになっている。女性の筆者からけっして軍隊がいいとはいえないが現実は南北分断国家です。

<写真説明>1、韓ラブの言葉で人気テレビ番組を紹介する古家正亨さんの講演から。(2012年7月14日、民団大阪本部会館内にある大阪韓国文化院主催で招かれての講演《写真は大阪韓国文化院提供》)。2、この日、古家正亨さんのフアン、参加したK―popのフアン、韓流フアンが駆けつけた観客の人数に驚いて筆者が撮影したもの。3、8月4日、奈良市内の「なら100年会館で開かれた「韓国伝統芸術音楽祭」です。伽倻琴(カヤグム)の散調と竝唱、カヤグムを演奏しながら同時に唱する演奏の形、カヤグムの音色の響きに演奏者の日々の努力が見えて感動した。
[ 2012/09/01 06:00 ] 鄭容順 | TB(-) | CM(-)


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