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映写室「隣る人」上映案内:犬塚芳美

―「光の子どもの家」の8年間―

 かってアフガニスタンの空爆被害を取材し、アジアの子どもたちを映してきたアジアプレスの刀川和也監督が、今度は日本の、とある児童養護施設の日常を追いかけました。

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 <まるでユートピアのような世界に>、これは現実なのだろうか、はたまた実験社会?と戸惑います。場所にしても、日本なのだろうか、日本だとしたらどこの話なのか、そして映っているのは、家庭?いや、違うようにも見えるし、どういう場所なのかと、多くの「はてな」を抱えながら、映像を見続けました。その内流れてくる温かさに、そんなことはどうでも良くなります。ここにあるのは、家庭でも施設でもないけれど、その中間のような、穏やかな、人と人が隣り合う形でした。ここの理事長が投げかける、新しい社会への、一つの提案でもあります。

 <さまざまな事情で親と一緒に暮らせない子どもたち>、今日本ではそういう子どもたちが児童養護施設に集まって暮らします。物語の舞台となる「光の子どもの家」もまさにそういう児童養護施設の一つですが、施設らしさはありません。温かい建物も家庭的なら、食卓に集う形も家庭的。泊り込んで一緒に暮らす保育士たちにも、仕事の影が見えません。与えられる物質的なものも、精神的なものも、とても恵まれてさえいます。今の日本で、母親がおみおつけの具を刻む音で目覚める子どもがどれほどいるでしょう。

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 <まだ若い女性を>、ママと呼んで奪い合う子どもたち。私を受け止めてと、我が儘にその存在のすべてをぶつけていく子どもたち。その重さに戸惑いながら、子どもに寄り添い続けようとする保育士たち。8年間の取材で浮かび上がったのは、新しい人と人の関係性で、「血縁」ではない、人と人とのつながりでした。

 <光の子どもの家を作るとき>、設置地域からは反対の声が上がりました。問題児が転校してきて、地域の学校が崩壊するのではと恐れられたからです。ところが程なくして、ここに地域の家出した中学生が「助けてくれ」と駆け込んできたり、養育相談が舞い込んできたりします。見えないところで、新しい家族の形を求めて、社会が動いていたのでした。擬似家族で構成されたこの施設が、今の社会がなくしている欠損した何かを、一生懸命築こうとしていたのを、周りが本能的に見抜いたのかもしれません。

 <この夏「おおかみこどもの雨と雪」と>いうアニメがヒットしています。おおかみおとこを愛し、おおかみこどもを生んだ母親が、やがて夫を亡くし、たった一人で、幼い二人の子どもを、人間として生きるか狼として生きるか、どちらでも選択できる場所に移り住み育てる物語ですが、母親は子どもを愛しながらも、子どもたちの選択に任せ、ただ寄り添うように見守ることしかしません。細田守監督が描くのは、一言では言い表わせない色々なものですが、子どもに寄り添う母親の思いの深さは、「隣る人」が描く施設の理事長や保育士の思いに通じるものでした。
 <血縁関係があろうがなかろうが>、他者への究極の愛は、そっと寄り添うこと、その人に「隣る」ことだなあと思わせる、両作品の共通性です。二つの作品が描くユートピアは、一見稀有なものですが、ふと気づけば、私たちが心のありよう一つで、手に入れることができるものでもあるのでした。

この作品は、8月18日から第七芸術劇場、
      9月15日から神戸アートビレッジセンター、順次京都シネマ にて公開
[ 2012/08/17 08:10 ] 犬塚芳美 | TB(-) | CM(-)


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