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映写室「ニッポンの嘘」長谷川三郎監督インタビュー(後編):犬塚芳美

 ―報道写真家 福島菊次郎90歳―

<昨日の続き>
―福島さんの出発点に重なりますね。
長谷川:そうなんです。実は福島さんに惹かれて撮り始めながら、今なぜ福島菊次郎なのかと、僕自身模索していました。残念ながら、望まずしてその答えが撮影中に起こったしまった。放射能で広島と福島が繋がってしまったんです。僕がおんぶして運んだのは2階へですが、福島さんをおんぶして今の観客に運ぶような思いでした。

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©2012『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』製作委員会

―確かに。
長谷川:皆さんに福島菊次郎を知らせたいのです。僕ら撮影クルーはみんなが福島さんに魅了されました。密着取材したこの2年間、人を撮るということ、どう生きるべきかと言うこと、福島さんの豊かな日常を通して、色々教えてもらったのですが、映画を見る人にも、僕の経験を追体験して欲しいし、福島菊次郎を体感して欲しいのです。年配の方からは、元気をもらえたと言われます。何しろ90歳の福島さんがこんな風に現役なんですから。戦後を見てきて生き抜き、今の日本に何が出来るのか、模索したいと。若い世代には、この国と戦ってきた福島さんを見て、自分が今何をすべきか感じて欲しい。この世の中に嘘や違和感を感じながら、戦い方がわからないのが、今の我々ですから。

―福島さんの目と福島さんの撮った写真の中の、原爆被害者の中村さんの目が重なります。嘘を許さない、射抜くような二人の眼差しの強さに圧倒されました。眼差しが重いと言うか、たじろぎます。
長谷川:あの写真集はやっぱり特別です。未だに福島さんの中に、中村さんの「敵を取ってくれ」という言葉が残っているのでしょうね。福島さんの原点は原爆病で苦しむ中村さんの姿だったと思います。中村さんの写真はどれも壮絶で、余分な肉のない体は、誤解を恐れずに言えば、苦しみの中ですら体自体が芸術作品のように妖しく美しい。福島さんがあの写真集は二人の共犯関係で出来たと言っていますが、中村さんも福島さんを挑発するように、自分の苦悩や苦しみをさらけだしたのだと思います。二人のそんな緊張関係が映っている。福島さんは、黙っていても、そんな総て、自分の悲しみを受け止めてくれると思わせた人なのでしょう。

―中村さんの写真のすべてに圧倒されました。とにかくすごい。肉体だけでなく、そういう中村さんの覚悟が写っていて、それに心を捕まれたということでしょうね。
長谷川:ええ。この作品には、埋もれそうだったそういう写真を皆さんに見ていただく目的もありました。もちろんその後も、日本の国と戦った多くの人々の思いが、福島さんを作り上げます。福島さんは写真を撮るとき、その人たちの正面に入って、訴える人々の視線を正面から受け止めている。僕も同業者だから解かるんですが、なかなかカメラマンはそこまで入れないものなんです。あそこまで出来るのは、中途半端な遠慮や優しさより、お前たちの思いはしっかり受け止めるよという、覚悟なんでしょう。被写体も福島さんのカメラを見つめ返していますからね。僕はそんな福島さんの写真を沢山撮影したのですが、写しながらも、かって声を上げた日本人に見つめ返されているような思いでした。

―福島さんのいう、「問題自体が法を犯したものであれば、報道カメラマンは法を犯してもかまわない」は説得力のある言葉です。
長谷川:法を犯してでも、嘘を暴き出せと言うことでしょうね。「ニッポンの嘘」というこの題名も、福島さんの発案なんです。福島さんは僕に、今の時代に写真を撮る君らは大変だねと言いました。嘘に塗り固められて、一見きれいになった社会では嘘を暴きにくい。皆が騙されていて、誰も怒りの声を上げないとも言います。でも、それでも必ず嘘の露見しているところはあるんだから、諦めてはいけないとも言われました。
―ええ。
長谷川:そういう過激なことを言いながら、福島さんは楽しく普通の日常を送っています。でもそれが繋がっているんだなあと思えました。豊かな日常を壊されることへの怒りが、福島さんの原動力なんでしょうね。80年代に隠遁生活に入ったのは、自分が腐りたくなかったからだと言います。昔よく撮っていた頃は、苦しみながらも伝えようとする人々がいた。自分の写すべきものがあったと言うんです。覆い隠されて写すべきものがなくなったから隠遁したけれど、今嘘を暴かないと日本は同じ間違いを繰り返す。福島は広島の二の舞になると言っていました。福島さんの多くの作品は、今支援者の方の農地に建てたプレハブの小屋の中で保存されています。ありがたいことではあるんですが、保存方法が心もとない。それにいつまで可能かもわかりません。何とかもっと確実な方法で保存できないかと、僕も心当たりを当たっているのですが、なかなか上手くいかなくて。残したい、かっての日本がここにありますから。

―大杉漣さんという個性派が担当しながら、ナレーションがまったく耳に残っていないのですが。こんなことは珍しくて。あまりにも自然だったのだと思います。
長谷川:福島さんは写真に自分で解説をつけていることが多く、それ以外にも、撮影した時の状況や心情を文章で残しているんです。ナレーションはそういうものの中から取ったので、福島さんの心の声として自然だったのだと思います。大杉さんのナレーションも、過多にならないよう、淡々と読み上げてもらったので、それも良かったのかもしれません。何度も練習し、感情の込め方の調節をしてくださいました。いいナレーションになったと感謝しています。ナレーションもですし、この作品は、かかわったスタッフ全員のセッションでした。皆が福島さんに魅了され、どうすれば皆さんに福島菊次郎をうまく伝えられるか、知恵を出し合いました。この作品では、福島さんの写真と共に、そういう僕らを魅了したチャーミングな福島さんを見ていただきたいと思います。

<作品の感想とインタビュー後記:犬塚> 
デモ隊警備の警官の面前に、蝶のように舞い降り、平然とカメラを向ける福島さん。カメラを向けられたほうも、怯むことなく睨み返して、そこには独特の緊張感が漂います。このシーンだけで、福島菊次郎さんの超人さを見た思いがしました。続く、広島の被爆者、中村杉松さんの映像。カメラに向けられた中村さんのまなざしの深さに、またもや釘付けになります。こんな眼差しを受け止め、レンズと言う瞳を返し合って、福島さんが精神衰弱になったと言う誠実さ。やはり現場には相当の緊張感があったのでしょう。決して諦めて下を向かず、怒りの瞳を向ける人もいたけれど、それを真摯に受け止める人もいたのだと、思い知らされました。
 かっての日本には、戦い方を知り、怒りの声を上げる日本人が一杯いたと言う言葉にも、再び項垂れるしかありません。飼いならされた現代人。気がつけばもう一度広島が広がっていると、福島さんと監督は警鐘を鳴らし続けます。そんなことはともかく、迫力のある福島さんの写真と、そういう写真を生み出しながら、飄々と日常を楽しむ御歳90歳の福島さんの素敵さに魅了されてください。

この作品は8月18日(土)~テアトル梅田
8月25日(土)~シネリーブル神戸で上映
順次京都シネマでも公開

*なお、8月18日から、映画公開に併せ、大阪人権博物館で「福島菊次郎写真展」が開催されます

[ 2012/08/08 05:54 ] 犬塚芳美 | TB(-) | CM(-)


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