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コラム・風 「50年ぶりに里帰りした・・・」:片山通夫

 先月のことだ。サハリンの友人から興味あるメールを受け取った。タイトルは「元サハリン韓人の女性医師」というものだった。何を今さら…と思いながら、メールを開き読んでゆくうちに、俄然興味がわいてきた。このメールに書かれている「里帰り」とは、祖国韓国へサハリンから帰国したという意味でなく、「北朝鮮からサハリンへ一時帰国した」という意味だった。



 彼女はコルサコフ(樺太時代は大泊と言って、宗谷海峡を隔てて稚内との間に連絡船が約8時間で結んでいた港町)の出身である。はっきりとは言わなかったが、1959年から61年の間に、自身の兄とともに北朝鮮へ「帰国」した。サハリン出身の彼女たちは、むろんロシア語が堪能だ。兄は金日成のロシア語通訳を務め、北朝鮮のロシア語教科書編纂にもかかわったという。

 彼女自身は、北朝鮮の男性と結婚し、医師としての道を歩んだというから、北朝鮮では大成功をおさめたと言える。彼女の結婚相手も医師で夫婦ともアフリカの某国で医師として何年も赴任した経験がある。帰国者で外国へ仕事で赴任するということは、昨今新聞紙上をにぎわしている「労働者の輸出」とはいささか趣が違うように思える。特別扱いされている感がある。

 またロシアへ里帰りした今回、滞在許可日数は3カ月。充分すぎるほどの休暇期間だ。ここでも北朝鮮での彼女の北朝鮮でのポジションを推し量れるのではないだろうか。ただ彼女とともに過ごした筆者の友人に言わせると「顔色も黒くやせていて病気のようだ」。その姿から友人は「やはり北朝鮮では食糧事情はあまりよくない」のだと感じたが、彼女は北朝鮮での詳しい生活には触れない。ただ、今回の訪問では、高麗人参など結構高価なお土産を沢山携えて来たというから、そんなに苦しい生活をしているわけではないのだろうとメールには書かれていた。

 たったこれだけの情報で、北朝鮮での彼女自身の生活を推し量ることは不可能だが、ある程度垣間見ることはできるというものだ。残念ながら筆者は彼女がサハリンにいる間に彼の地へ行く予定はない。だから直接話を聞くことはできない。
 しかし、北朝鮮もある部分、わずかだが「変化してきている」ということを推し量ることはできる。一つは彼女は過去に何度か里帰りの申請をして来たが、今回初めて許可が下りたこと、また家族を北朝鮮の残したままの帰国だったが、
そんなに家族の身の上を心配する風には見えなかったということだ。それは彼女の「北朝鮮の生活が安定している」ということでもある。

 残念なことに、北朝鮮での生活を詳しいことは話さないし、名前もここで書くことはできないから、この話の信ぴょう性は低いとも思う。筆者の経験から書くと、こんな北朝鮮の人の話を聞いたことは初めてである。彼女は3カ月の予定を早めて、二か月で帰国したいと考えているようだ。コルサコフの親戚に迷惑(経済的な負担を指す)をかけられないからというのが理由だ。

 まだまだ北朝鮮はミステリアスな国である。
[ 2012/07/28 00:44 ] 片山通夫 | TB(-) | CM(-)


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