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映写室「いわさきちひろ~27歳の旅立ち~」海南友子監督インタビュー(後編):犬塚芳美

―どん底からの再出発―
(昨日の続き)

―監督がこの作品に特に込められたものは?
海南:彼女の3つの強さを示したいと思いました。働く女性としての強さ、アーティストとしての強さ、反戦活動家としての強さです。全て母でありながらというか、母親としてというのが加わるのですが。アーティストとしては、ちひろは自分の絵にプライドを持っていました。まだその頃は、こういう絵に著作権もなく、挿絵画家という扱いをされがちで、編集者に絵を勝手に切られたり細工されたりしたんですが、彼女はそれが耐えられなかった。著作権運動をし、自分の絵をぞんざいに扱わないでくれと強く言っています。それで仕事をなくしたりもしていますが、自分のアートに対する絶対的な自信がありました。

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(C) CHIHIRO ART MUSEUM


―強いですね。
海南:ええ。この頃は失業中だったご主人を自分の筆一本で支えてもいます。やがて子供が生まれる。でも赤ん坊を抱えていては暮らしが立ち行かなくて、生後1ヵ月半という、一番可愛い盛りに、長野の実家に預けています。辛かったと思います。会えないことが子供への思いを深くしていった。会えないからこそ、子供のことを考え、色々な絵を描く。この時期の苦しみがアーティストとしての彼女の深みにつながったと思います。27歳の旅立ちが彼女の最初の転機だとしたら、子供と別れたこの時が、第2の転機だったのではないでしょうか。不幸な事や悲しみが、彼女の作風を深めるわけで、そこも面白いなと思いました。

―逆境の中でこそ強さを発揮する彼女のモチベーションはどこから来るのでしょう?
海南:ちひろは自分の好きなものをとても大事にします。敗戦後すぐで世の中はお洒落とかには程遠いのに、そんな時でもちひろは、きれいなものを求めて愛した。どこかから紐を拾ってきて、リボン代わりに髪を結んでいたというんです。当時としてはとても異様なことのようでした。でも、自分が良いと思うものは他の人がどう思おうがやりたい。これは生き方全般、絵にも通じることで、自分の大事にしているものを誰にも汚されたくないし、貫きたいというのが、彼女の強さだったのではと今は思っています。
―子供への思いも深かったと?
海南:息子との子別れは大きかったのでしょう。これだけファンが多いのも、絵の向こうにある子供への思いの深さが、多くの母親族を捕らえているように思います。特に、ちひろと同じ世代の、私の母の年代にちひろファンが多いのですが、今回取材をして、「ああ、母は絵を見ていたんじゃあなく、絵の向こうに私や弟という、自分の子供を見ていたんだなあ。ちひろのそういう子供への思いに共感していたんだなあ」と納得しました。彼女は形ではなく、子供の思いをどう描こうかと工夫し苦心し続けました。絵を見ると、その子供はどんな気持ちなのかが伝わってきます。皆さんが絶賛する「あめのひのおるすばん」の絵の具のにじみも、子供の涙と重なる。それにちひろは余白をとても大事にします。絵は余白で完成すると言っていて、白いあまっているところ、何もないところに多くを語らせている。髪にしても本来なら黒く塗りつぶすところを、あえて白いまま。でもそれが見るものの想像を掻き立てる。さりげないようで実に計算された絵です。今回私は原画をたくさん見たのですが、原画の持つ圧倒的な力にやられました。映画を入口にして、東京や長野の美術館に行き、原画でちひろのぬくもりに接して欲しいなと思いました。

―ちひろは子供を描き続けていますが、それはどうしてでしょう?
海南:長さの関係で省略していますが、ちひろは満州、戦時下の中国へ2度行っています。途中で見た悲惨な風景、苦境の中で苦しむ子供たちを見て、命の象徴のように思ったのではないでしょうか。無力な子供が安心して住める社会は、大人にとっても住みやすい世界ですから。
―そういう、守るほうの大人の視点だけでなく、自身の子供時代への憧憬もあるような気がするのですが。無垢で汚れを知らなかった子供時代への慕情というか、色々な苦境を乗り越え、きれいなものを愛し守り続けたけれど、そんなことをしなくても自然にそういうものに囲まれていた子供時代が、ちひろの好きな時代だったのではと、そんなことも考えました。
海南:そうですね。もしちひろが生きていたら、聞いてみたいところです。実際ちひろは、自分の息子を描きながら、時にはそれを少女に転換しているんです。あの少女はちひろ自身かも。そういう絵が何枚もありました。

―この作品を見る方へのメッセージをお願いします。
海南:ちひろの絵が好きな方には、大画面で見るすばらしい絵の世界を堪能して欲しいと思います。ちひろの世界に包み込まれる感じを体感して欲しい。絵に興味のない方は、女性としての行き方を見て欲しいと思います。どん底からどう立ち直っていくか、チラシに「すべてを失った日、わたしは夢に向かって歩き始めた」と入れたのですが、ちひろはどん底に落ちたからこそ、夢に向かって歩き始めることが出来ました。今苦しむ多くの方の指針になるのではと思います。
―この作品を見て、山田さんはなんか仰いましたか?
海南:山田さんは途中もずっとご一緒だったので、完成を見てということはないのです。一緒に議論しながら作り上げたものですから。その時間が私にとっては奇跡のようなすばらしいものでした。
―ちひろの言葉が時々挿入されますが?
海南:あれは、ちひろが日記等に書き残したものです。ちひろは自分のものをきちんととっていたので、スケッチや日記と無名時代のものもすべて残っています。今は東京と長野の美術館に保管されているわけで、彼女が自分の世界を大事にし愛した結果ですね。スケッチもちひろのスタイルに落ち着くまで色々なことをしています。ピカソのまねをしたりマチスのまねをしたり、試行錯誤の後が見える。売れる前の頭を抱える自画像では、私自身にも重なりました。NHKを辞めてフリーでやり始めた頃は、お金もなくて先が見えず真っ暗でしたから。

―その声を檀れいさんがされていますが。
海南:編集中から、強くて優しいちひろの世界を誰に表現していただけばいいか、模索していました。結果的には山田さんに推薦してもらってお願いしたわけです。ぴったりでよかったと思います。檀さんは感情移入されて、読む間に涙ぐまれたりもしていましたね。シナリオの段階で、ちひろはどういう気持ちでこの言葉を言ったのか、書き残したのかと、ずいぶん議論をしました。童画の世界から挿絵という言葉をなくしたいという言葉を、どう熱く伝えるか、語り合ったこともあります。去年の12月に私も出産して母親になったのですが、それを機に、より深くちひろの母性を感じるようになりました。実はこの作品にかかるまでは、それほど興味がなかったのですが、今はちひろの絵の世界の深さに感嘆しています。
―絵はたくさんご覧になりましたか?
海南:ええ。それはもちろん。同じ題名でも少し構図が違うとか、同じような絵がたくさんあるのですが、今ならそのすべてを見分けることが出来ます。ちひろ美術館の館長に成れるくらいです。これだけたくさんの原画に接せられ、作者の息吹を感じられたのは、幸せな時間でしたね。でも、作品となると、ちひろのその時の気持ちを、どの絵で代弁させるか、たくさんあるだけに選択が難しい。苦労しました。絵だけで600枚くらい撮影していますから。迷いました。じっくり見ると感嘆も大きいです。晩年の「戦火のなかの子どもたち」とか、悲惨な情景の前の、幸せな情景を描くことで、その後の無くしたものの大きさを伝えています。彼女は1974年に55歳で世を去りました。早く亡くなったけれど、それで又彼女の絵が世に広がったところもある。息子さんたちが広めましたからね。逆境が良い方にも作用したわけで、色々なことを考えさせられた取材でした。テレビの作り手だった時、お客さんの反応が見えず孤独でした。でもこの作品は映画なので劇場で皆さんの反応を直に体感出来る。フリーになり苦労もしたけれど、こういう作品を作れたし、嬉しいですね。暗闇の中で、お客さんと一緒に、ちひろの世界を見てみたいと思います。(聞き手:犬塚芳美)

この作品は、7月14日からテアトル梅田、シネ・リーブル神戸で上映、
順次秋、京都シネマ にて公開


又、この作品の公開にあわせ、期間限定のちひろのミニ・ギャラリーやショップもオープン中。詳しくは上映劇所迄。


《作品の感想とインタビュー後記:犬塚》
<実は私もイメージに先導された>、いわさきちひろの食わず嫌い。ちゃんと見たことがなかったのです。今回じっくりと見て、無邪気そうな子供の瞳の影にはっとしました。天真爛漫というより、彼女の描く子供は、母に抱かれながらも、わずかに不安な影をにじませている。子供の繊細さに胸を締め付けられました。それに構図の大胆さにも、改めて感嘆。さりげないようで、ちひろの絵は余情を狙ったとても戦略的なものだと、この辺りにも、彼女の2面性を感じました。まさに中心の鉄の部分があったからこそ、彼女はここまで自分の絵を深めることが出来たのでしょう。
<友人の画家に>、彼女のように美しい世界を描く人がいます。優しいけれど、彼女も自分の世界を世俗から守る為には、容赦ない棘を伸ばしたもの。ちひろにもそういうところがあったのではと、質問すると、「ここまで成功すると、正面から彼女を非難する人はなかなか見つかりません。でもそういうこともあったのかも」と監督。人間ドラマとしてはそこも見たかったのですが、ちひろの絵のように、そこは観客が余白から想像するところかもしれません。この作品で知った、人間いわさきちひろへの興味。私も一度真摯に、ちひろの絵に退治して見たくなりました。きれいなもの、優しいものの裏にほどく能と茨の道がある。そんなことを実感しました。ファンだけでなく、私のような食わず嫌いにこそお勧めの映画です。
[ 2012/07/15 22:29 ] 犬塚芳美 | TB(-) | CM(-)


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